名古屋地方裁判所 昭和63年(行ウ)9号 判決 1989年10月20日
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
(第七号事件について)
一 請求の趣旨
1 第七号事件原告の昭和五九年分所得税につき、同事件被告が昭和六一年六月九日付でした更正処分はこれを取り消す。
2 訴訟費用は第七号事件被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 第七号事件原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は第七号事件原告の負担とする。
(第八号事件について)
一 請求の趣旨
1 第八号事件原告の昭和五九年分所得税につき、同事件被告が昭和六一年五月二八日付でした更正処分はこれを取り消す。
2 訴訟費用は第八号事件被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 第八号事件原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は第八号事件原告の負担とする。
(第九号事件について)
一 請求の趣旨
1 第九号事件原告の昭和五九年分所得税につき、同事件被告が昭和六一年六月二四日付でした更正処分(同年同月二日付でした更正処分を含み、昭和六三年九月二〇日付更正処分による一部取消し後のものをいう。)はこれを取り消す。
2 訴訟費用は第九号事件被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 第九号事件原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は第九号事件原告の負担とする。
(第一〇号事件について)
一 請求の趣旨
1 第一〇号事件原告の昭和五九年分所得税につき、同事件被告が昭和六一年五月二七日付でした更正処分はこれを取り消す。
2 訴訟費用は第一〇号事件被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 第一〇号事件原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は第一〇号事件原告の負担とする。
(第一一号事件について)
一 請求の趣旨
1 第一一号事件原告の昭和五九年分所得税につき、同事件被告が昭和六一年六月九日付でした更正処分はこれを取り消す。
2 訴訟費用は第一一号事件被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 第一一号事件原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は第一一号事件原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告らは、昭和五九年分の所得税につき、それぞれ別表1(第九号事件原告については別表2)の各原告の確定申告欄記載のとおり確定申告をし、当該申告に係る還付を受けた。
2 これに対し、被告らは、それぞれ別表1(第九号事件被告については別表2)の更正賦課決定欄記載のとおり更正処分をした(なお、第九号事件被告は、同事件原告に対し、別表2の再更正賦課決定欄及び再々更正変更決定欄記載のとおり再更正処分及び再々更正処分をした。以下、他の原告らに対する更正処分と合わせて、「本件更正処分等」という。)。
3 原告らは、自己に対してされた右更正処分又は再更正処分に対して、それぞれ別表1又は同2の各異議申立欄及び審査請求欄記載のとおり、異議申立て及び審査請求を行ったが、同表の各同上決定欄及び同上裁決欄記載のとおり、いずれも棄却された。
4(一) 被告らが行った本件更正処分等は、各原告が昭和五九年二月七日に日光貿易株式会社(以下「日光貿易」という。)から受けた金員の支払等(別表3の給与支給額欄に記載のとおり、第七号事件原告及び第八号事件原告は各六九〇万円、第九号事件原告は三二三五万円、第一〇号事件原告は三〇〇万円、第一一号事件原告は四〇〇万円の各支払をそれぞれ受け、また、第九号事件原告は、右支払を受けたほかに日光貿易に対する借入金二九九万〇四九〇円の債務の免除を受けた。以下、これらを合わせて、「本件収入」という。)を給与所得(賞与)と判断してしたものである。
(二) しかし、本件収入は一時所得又は退職所得と判断されるべきものであって、本件更正処分等は、いずれも違法である。
5 よって、原告らは、それぞれ自己に対してされた本件更正処分等の取消しを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因第1項は認める。
2 同第2項は認める。
3 同第3項は認める。
4 同第4項のうち、(一)は認め、(二)は争う。
三 被告らの主張
1 本件更正処分等の適法性
(一) 原告らは、もと日光貿易の役員又は従業員であり、昭和五七年六月末日をもって同社を退社した者であるところ、同社は、昭和五九年二月七日、各原告に対し、別表3の給与支給額欄記載のとおりの金員を支給し、かつ、第九号事件原告に対し、同被告の同社からの借入金二九九万〇四九〇円の債務を免除した。
(二) 原告らは、それぞれ、昭和六〇年三月一五日提出の昭和五九年分所得税の確定申告書において、別表3の給与支給額欄記載の金員を一時所得であるとして一時所得の計算を行い、かつ、右支給の際に徴収された同表の源泉徴収税額欄記載の源泉徴収額を一時所得の源泉徴収額として、他の所得と合わせて、別表1及び同2の各確定申告欄記載のとおり記載し、源泉徴収税の一部の還付を求めた。
(三) しかしながら、本件収入は、いずれも給与所得の収入金額と判断されるべきものである。なお、原告らと被告らとの間においては、本件収入が給与所得であるかどうかという点を除いては、所得について争いはない。
(四) 本件収入を給与所得として計算すると、本件更正処分等の基礎となった原告らの昭和五九年分の配当所得、給与所得、一時所得、総所得金額及び源泉徴収税額並びにその結果算出される申告納税額は、それぞれ別表1の更正賦課決定欄及び別表2の再々更正変更決定欄の該当項目欄に記載のとおりである。本件更正処分等は、右計算結果に基づいてされたものであって、適法である。
2 原告らの主張の不合理性
原告らは本件収入は給与所得ではなく一時所得又は退職所得を構成すると主張するが、以下に述べるとおり、本件更正処分等に係る納税額(本件収入を給与所得として計算した納税額)は、本件収入を一時所得又は退職所得として計算した場合の納税額を下回るのであるから、いずれにしても、本件更正処分等は適法である。
(一) 本件収入が一時所得である場合
(1) 日光貿易は、本件収入を原告らに支給する際に別表3の源泉徴収税額欄記載の源泉徴収税額の徴収及び納付を行っている。しかし、本件収入は、それが一時所得の収入金額を構成する場合には、所得税法上源泉徴収の対象にはならないものである。したがって、原告らの申告納税額の計算に当たっては、日光貿易がした源泉徴収税額は零として計算する(すなわち、所得税の確定申告書の源泉徴収税額欄に記載されるべき金額は、別表1又は同2の源泉徴収税額欄に記載した金額から日光貿易が源泉徴収した別表3の源泉徴収税額欄記載の金額を差し引き、別表4の源泉徴収税額欄記載のとおりとする)のが正当である。
(2) したがって、原告らの納税額の計算関係は、別表4記載のとおりとなり、原告らの申告納税額は、いずれも本件更正処分等に係る納税額を上回ることになる。
(二) 本件収入が退職所得である場合
(1) 原告らは、いずれも日光貿易を退職し、昭和五七年六月に退職金の支給を受けていることから、本件収入が退職所得である場合には、退職金の追加払となるので、本件収入の帰属年度は昭和五七年となる(所得税法三〇条、同法施行令七七条)。そこで、原告らの昭和五九年分の申告納税額の計算に当たっては、本件収入及び本件収入を原告らに支給する際に日光貿易が源泉徴収した別表3の源泉徴収税額欄記載の源泉徴収税額は零として計算するのが正当である。
(2) したがって、原告らの納税額の計算関係は別表5記載のとおりとなり、原告らの申告納税額は、いずれも本件更正処分等に係る納税額を上回ることになる。
四 原告らの認否及び主張
1 認否
(一) 被告らの主張1について、(一)、(二)は認める。(三)のうち、本件収入が給与所得の収入金額と判断されるべきものであることは否認し、その余は認める。(四)のうち、本件更正処分等が適法であることは争い、その余は認める。
(二) 被告らの主張2について、冒頭部分のうち、本件更正処分等に係る納税額が本件収入を一時所得として計算した場合の納税額を下回ること、本件更正処分等が適法であることは否認し、その余は認める。(一)のうち、日光貿易が本件収入を原告らに支給する際に別表3の源泉徴収税額欄記載の源泉徴収税額の徴収及び納付を行っていること、本件収入が一時所得の収入金額を構成する場合には所得税法上源泉徴収の対象にはならないこと、その場合の原告らの納税額の計算関係が別表4記載のとおりとなることは認め、その余は争う。(二)のうち、原告らがいずれも日光貿易を退社した昭和五七年六月に退職金の支給を受けていること、本件収入が退職所得である場合にはその帰属年度が昭和五七年となること、昭和五九年分の総所得金額に係る申告納税額の算出に当たっては本件収入の支給の際に源泉徴収された額を控除できないことは認め、その余は争う。
2 原告らの主張
(一) 本件収入が一時所得の収入金額を構成する場合には、それは源泉徴収の対象とはならないものであるから、日光貿易がした源泉徴収は誤りであるということになるが、本件のように既に源泉徴収、納付がされている場合に、これを誤徴収、誤納付として税務署長が日光貿易に還付加算金を付けて還付し、日光貿易がこれを原告らに追加支払をし、更に原告らが右源泉徴収はなかったものとして改めて確定申告をすべきであるということは、結果的に申告所得税額に差異を生じないにもかかわらず、いたずらに手続を複雑にするだけである。もともと源泉徴収の制度は、所得税の徴税手続を簡略化して徴税費を節約し、徴税の時期を早めるために考案されて採用されたものであり、所詮徴税の便宜のための制度にすぎないのであるから、本件のような場合には、原告らにおいて、既になされた源泉徴収、納付の結果を援用するという便宜的取扱いも許されてしかるべきである。
(二) 本件訴訟の争点は、本件収入を給与所得と判断してした本件更正処分等が適法か否かの点にあるのであるから、本件収入が給与所得の収入金額に当たらないとすれば、そのことを理由に本件更正処分等は取り消されるべきである。
五 原告らの主張に対する被告らの反論
原告らは、本件のように既に源泉徴収がされている場合には、右源泉徴収はなかったものとして改めて確定申告をすることはいたずらに手続を複雑にするだけのことであるから、確定申告に当たっては既にされた源泉徴収の結果を援用することも許されるべきであると主張する。
しかしながら、右主張は、以下に述べるように現行の源泉徴収制度の枠組みを無視したものであり、到底認められない。
1 受給者の年税としての所得税債務と支払者の源泉所得債務とは、債務の成立時期、確定方法が全く別個であり、国に対する債務者が異なっている点においてその同一性を論ずる余地はない。
しかし、受給者が確定申告をする場合には、源泉徴収の対象となった所得は他の所得と合わせて課税所得金額として計算し、他方、源泉徴収をされた又はされるべき所得税の額を算出税額から控除することになっている(所得税法一二〇条)から、源泉徴収の段階で徴収・納付された所得金額を申告納税の段階で改めて取り込んだ上で再計算することになる。これは、所得税の確定申告においては、暦年末を基準として、年間における所得のすべてを総合して計上した上、税率を適用して税額を算出し、これから別途納付した税額を控除して納付すべき金額が確定することになっていることによるものであるが、右再計算において、前記控除項目としての源泉徴収をされた又はされるべき所得金額は、実際に源泉徴収の対象となったか否かには関係なく、各種所得につき所得税法上正当に徴収された又は徴収されるべきそれをいうものと解するのが相当であり、現実にいくらの税額が源泉徴収されたかは問うところではない。
2 また、現行の源泉徴収制度の下においては、課徴権者(国)、徴収権者(支払者)及び源泉納税義務者(受給者)の三者間の関係は厳格に分けられ、源泉徴収税額に不服のある受給者は、支払者において法律上許容され得ない控除をなしその残額のみを支払ったのは債務の一部不履行であるとして、支払者に対し、当該控除額に相当する債務の履行を請求することができ、かつ、この方法をもってしてのみ過徴金の回収を図ることができるものと解されており、課徴権者である国と直接の関係に立つ者は支払者であって、受給者は、制度上も法律上も国と直接の関係に立つものではない。このように、源泉所得税と申告所得税との間には法律上の同一性がないのであるから、申告所得税の計算に当たって両者の間の清算調整をする余地はなく、原告らのいう便宜的取扱いを許容することはできない。
理由
一 請求原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。
二 原告らは、本件更正処分等は本件収入を給与所得であると判断してされたものであるところ、本件収入は給与所得ではなく一時所得又は退職所得であるから、本件更正処分等は違法であると主張し、これに対し、被告らは、仮に、本件収入が一時所得又は退職所得であるとしても、本件更正処分等に係る納税額は本件収入が一時所得又は退職所得である場合の納税額をいずれも下回るのであるから、いずれにしても本件更正処分等は適法であると主張するので、まず、この点について判断する。
1 本件収入が給与所得である場合には原告らの納税額が別表1の更正賦課決定欄及び別表2の再々更正変更決定欄の申告納税額欄記載のとおり(本件更正処分等のとおり)であること、また、本件収入が一時所得又は退職所得である場合には原告らの納税額に関する計算関係がそれぞれ別表4又は同5記載のとおりであることは、いずれも、当事者間に争いがない。
そうであるとすれば、本件更正処分等に係る納税額が、第七号事件原告につきマイナス三四万〇八五〇円、第八号事件原告につきマイナス三九万九五〇〇円、第九号事件原告につきマイナス一四六万四二九〇円、第一〇号事件原告につきマイナス九八〇〇円、第一一号事件原告につきマイナス三六万一七〇〇円であるのに対し、本件収入が一時所得であるとした場合の納税額は、右各原告につきそれぞれ一〇五万五六〇〇円、一〇〇万三五〇〇円、九八六万一一〇〇円、三八万一二〇〇円、五一万四三〇〇円であり、また、本件収入が退職所得であるとした場合の納税額は、第七号ないし第一一号事件の各原告につきそれぞれ一二万七〇〇〇円、一〇万円、マイナス一六万七一〇〇円、六二〇〇円、二万一九〇〇円であり、いずれにしても、本件更正処分等に係る納税額は、本件収入が一時所得又は退職所得である場合における原告らの各納税額をいずれも下回ることになる。
2 この点に関し、原告らは、日光貿易は、本件収入を原告らに支給する際、それが一時所得であれば源泉徴収の対象にならないものであるにもかかわらず、誤って別表3の源泉徴収税額欄記載のとおりの源泉徴収を行い、これを既に納付しているのであるから、このような場合には、原告らにおいて、実際にされた源泉徴収、納付の結果を申告納税額の計算に当たり援用する(すなわち、誤って徴収・納付された源泉徴収税額を控除・還付の対象とする。)ことが許されてしかるべきであり、そうすれば、本件更正処分等に係る納税額は、本件収入が一時所得である場合における被告らの納税額をいずれも上回ることになる旨主張する。
3 そこで、原告らの右主張の当否について検討することとし、まず、源泉徴収による所得税の基本的な法律関係を見ると、次のとおりである。
(一) 源泉徴収の対象となるべき所得の支払がされるときは、支払者は、法令の定めるところに従って所得税を徴収して国に納付する義務を負う。この徴収納付義務は、本来の納税義務ではないが、納付という給付義務を内容とする点において本来の納税義務に類似するものであることから、国税通則法は、源泉徴収による国税を徴収して国に納付しなければならない者(支払者)を本来の納税義務者と並べて「納税者」と定め(二条五号)、本来の納税義務者の租税を納付する義務と支払者の租税を納付する義務とを共に納税義務と呼んで(一五条)、両者に共通の定めをおいている。
(二) また、源泉徴収による国税が法定の納期限(給与等については、所得税法一八三条一項が支払・徴収の日の属する月の翌月一〇日と規定している。)までに納付されないときは、税務署長は、支払者に対し、納税の告知(国税通則法三六条一項二号)をし、さらに督促(同法三七条)をした上で、滞納処分(同法四〇条)を行うものとされている。すなわち、支払者が源泉徴収による所得税の納付を怠った場合に、徴税の追求を受けるのは支払者のみであって(所得税法二二一条)、受給者が課徴権者(国)から直接に追求を受けることはない。このことは、支払者が源泉所得税を受給者から徴収していない場合であっても同様であり、課徴権者は必ず支払者から源泉所得税を徴収し、支払者は受給者に対して求償すべきものとされている(同法二二二条)。
(三) 他方、一般に申告所得税の納税義務は暦年の終了の時に成立する(国税通則法一五条二項一号)が、源泉徴収による所得税については、利子、配当、給与、報酬、料金その他源泉徴収をすベきものとされている所得の支払の時に納税義務が成立するものとされている(同項二号)。
また、源泉徴収による所得税の税額は、申告納税方式による場合の納税者の税額の申告やこれを補正するための税務署長等の処分(更正、決定)、賦課課税方式による場合の税務署長等の処分(賦課決定)を要しないで、法令の定めるところに従って、自動的に確定するものとされている(同法同条三項二号)。
(四) 以上のとおり、源泉徴収による所得税に関しては、課徴権者と直接の対立当事者関係に立つのは徴収義務者たる支払者のみであって、租税負担者たる受給者は、源泉徴収による所得税の法律関係における当事者にはならないものであり、国と支払者との間の法律関係と支払者と受給者との間の法律関係(前者は公法上の法律関係、後者は私法上の法律関係である。)が別個に並存しており、源泉徴収による所得税と申告納税による所得税とは、納税義務者、納税義務の成立・確定の時期及び手続等において全く異なるものである。したがって、両租税債務は、法律上同一性がない全く別個のものというべきである。
4 ところで、所得税法上、受給者が確定申告をする場合には、源泉徴収の対象となった給与等の所得は他の所得と合わせて課税総所得金額を構成し、右給与等の所得について源泉徴収をされた又はされるべき所得税額は算出税額から控除する(同法一二〇条一項。控除しきれない部分は還付する(同法一三八条一項)。)こととされている。
しかし、上記のように、源泉徴収による所得税の法律関係と申告納税による所得税の法律関係とは全く別個のものであり、源泉徴収による所得税に関し課徴権者と直接の対立当事者関係に立つのは支払者であって受給者(申告者)ではないことを前提にすると、申告の際に先に源泉徴収された所得税額を改めて取り込んで行う右再計算はあくまで受給者(申告者)の申告所得税額を算出するために行うものにすぎない。すなわち、所得税の確定申告においては、暦年末を基準として、年間における所得のすべてを総合して計上した上で税率を適用して税額を算出し、これから別途納付した税額を控除して納付すべき税額を確定する仕組みになっていることから、申告所得税額の算出のために必要な限度で、源泉徴収の対象となる所得及び税額を取り込んで再計算する必要があるものである。したがって、その際に控除項目となる「源泉徴収をされた又はされるべき所得税の額」(所得税法一二〇条一項五号)とは、所得税法上正当に徴収された又は徴収されるべきそれをいうものであり、申告所得税の確定申告の計算関係において、源泉所得税の徴収の過不足を受給者の申告所得税と関連させて清算調整することは、全く所得税法の予定するところではない。このことは、同法の規定の文理上も、「源泉徴収されるべき所得税の額」を控除することとされており、したがって、たとえ確定申告を行おうとする受給者が本来されるべき源泉徴収がされておらず、又は徴収税額に不足がある場合でも、確定申告を機会に源泉徴収漏れの税額が受給者から直接徴収されることはなく、所得税法上正当な税額が控除の対象となることとされていることからも明らかである。
したがって、確定申告を行おうとする受給者が、先に源泉徴収による所得税を不当又は過大に徴収されている場合であっても、正当な源泉徴収税額との差額の金員の還付を求めることができるのは支払者のみであって、当該受給者は、支払者に対して当該差額に相当する部分の給付を求めることができるのは格別、確定申告に際して国に対して直接その還付を求めることができないことは明らかである。
5 以上のとおりであるから、本件収入が一時所得であるとした場合には、日光貿易が徴収・納付した源泉徴収税額に相当する会員は同社が誤って徴収・納付したものであって、これを原告らが所得税の申告納税の際に控除の対象とすることができず、この点に関する原告らの主張は失当である。
右に述べたように、本件収入が原告ら主張のとおり一時所得であるとしても、上記のとおり、本件更正処分等に係る原告らの納税額は、本件収入が一時所得であるとした場合の原告らの納税額をいずれも下回るのであるから、本件更正処分等は、違法とはならない。
6 また、本件収入が退職所得であるとした場合には、原告らが昭和五七年に退職して退職金の支給を受けていてその追加払に当たることは当事者間に争いがなく、本件収入は同年分の退職所得の収入金額を構成することとなるところ、本件で争われている昭和五九年分の申告納税額の算出に当たって昭和五七年分の所得である本件収入に係る源泉徴収税額を控除できないことは明らかであり、原告らの納税額(これが別表5記載のとおりとなることについては当事者間に争いがない。)はいずれも本件更正処分等に係る原告らの納税額を上回るのであるから、本件更正処分等は、違法とはならない。
7 なお、原告らは、本件収入金額が給与所得でないということになれば、本件更正処分等は直ちに取り消されるべきものである旨主張するが、本件訴訟の対象は、被告らがどのような認定理由で本件更正処分等をしたかということではなく、総所得金額に対する課税処分の違法そのものであり、したがって、仮に課税処分の理由に誤りがあったとしても、本件更正処分等によって賦課された税額が客観的に正当な税額を上回るものでなければ、本件更正処分等の違法を主張することはできないのであるから、原告らの右主張は失当である。
8 以上のとおり、本件更正処分等は、本件収入が原告ら主張のとおり一時所得又は退職所得であるとした場合でも、被告ら主張の給与所得である場合における客観的に正当な税額を上回る課税を行ったものとはいえない(本件収入以外の所得については、当事者間に争いはない。)のであるから、いずれにしても、これを違法とする理由は存しない。
三 よって、原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 浦野雄幸 裁判官 杉原則彦 裁判官 岩倉広修)